top of page
  • 執筆者の写真inolytictherapy

子育て支援における父親のポテンシャル

更新日:1月23日

当オフィスでは家族関係や夫婦関係、育児にまつわるご相談も承っておりますので、今回はそうしたテーマに関わるお話をしてみたいと思います。


「子育て支援」というと、母親あるいは母親になろうとしている人が、専門家から助言を受けるというイメージが強いかもしれません。しかし、それだけでは不十分なのです。実は父親こそ、子育て支援において主役と言ってもいい役割を担えるポテンシャルを持っているのです。


なお、ここで「母親」というのは、出産ないしはその予定がある人を指しています。伝統的には女性であることが多いでしょうが、女性器を持つ男性やその他の性の人も該当しうるでしょう。「母親」という言葉から女性を即座に連想する人も多いでしょうが、ここでは、子どもに対する役割という意味で、「母親」と言っています。同様に、「父親」というのは、「母親」のパートナーで、出産しない側の人を指しています。伝統的には男性が多いでしょうが、女性の場合や他の性の場合もありうるでしょう。


さて、話を戻します。広い意味での子育て支援が、妊娠中から始められることは一般的になってきました。「プレパパ、プレママ教室」などといった形で、出産を控えた、両親になろうとしている人たちに、産科の看護師や助産師が助言をしたり、グループワークを行ったりすることが、各所で見られるようになってきたように思います。ここで、父親の役割についてもある程度教えられたりするわけです。しかしながら、その後も父親が継続的に子育て支援を受ける主体であり続けることは、まだまだ多くはないでしょう。



手をつなぐ家族


しかし、ここで考えてみていただきたいのですが、母親はすでに妊娠期間中から自分自身の身体的ケアや胎児の安全が最優先になります。つまり、親になる心理的準備といったテーマは背景に退きがちです。それでもまだ妊娠の安定期には、自身の親子関係や心理的テーマについて考える余地もあるかもしれません。


ところが、出産前の入院から、出産、そして産後数ヶ月の間は、母親は自身の身体的ケアと出産の苦痛に耐えること、そして生まれてきた赤ちゃんの身の安全と身体の成長に、全神経を注がねばなりません。そのうえ、もしそれまでは継続的に「親になること」や「子育て」に関する相談に通っていたとしても、この時期だけは、母親はその相談も中断せざるを得ないことがほとんどでしょう。


さらに困ったことには、この時期こそ、母親、父親それぞれの心理的テーマや彼ら自身の未整理の親子関係の問題などが次々と顔を出してくるのです。具体的に言えば、多くの場合、母親と父親の両親(赤ちゃんのばあば、じいじ)がお祝いに生まれた赤ちゃんの顔を見に来て、誰に似ているやら、母親や父親が生まれたときはどうだっただの、ジジババ視点でいろいろ言うわけです(お祝いですから断りづらいものです)。母親や父親の都合や体調によっては、赤ちゃんの世話を実家の親や義理の親に手伝ってもらう必要も生じます。こうしたことは、赤ちゃんの命や身の安全が関わっていますから、どうすべきかゆっくり考えている時間もなかったり、断ることは難しかったりします。


しかしながら、たとえばここで母親が、自分自身の親子関係にわだかまりを抱えたまま、自分の親に手伝ってもらったりしていると、自分自身が親になる自信を失ったり、自分の考えで子育てができなかったことが心残りになったりします。当然ながら、この時期に父親からのサポートが少なければ、それも将来への禍根になります。


このように、出産から数か月という時期は短期間ですが、とても濃密な時期なので、その後の家族関係、親子関係に与える影響はとても大きいのです。それでいて、母親は直接的な心理的ケアを受けにくく、心理的なテーマまで考えている余裕も持ちにくいのです。


さてここで、この時期にあっても、物事の意味や是非を考える心のゆとりを持ち、自分たち自身の親子関係のテーマと結び付けながら、事を運ぶことのできる人がいます。父親です。出産を巡る身体的負荷や痛みを受けていないという父親のゆとりを、ここで活かさない手はありません。



赤ちゃんを抱く父親


つまり、父親が子育て支援を受ける主体になるのです。自分たちが親になることがわかったとき、つまり母親の妊娠期間中から、継続的に父親が家族相談や分析セラピーに通うことが望ましいでしょう。なぜなら、父親は母親が相談に行けない期間も、リアルタイムの家庭状況を相談しにいくことができるからです。心理的にきわめて重要であるにも関わらず、心理的ケアが中断してしまいがちな、この産前、出産、産後の時期を、父親は橋渡しすることができるのです。


このような心理的ケアに支えられた父親が、家庭において果たしうる役割は枚挙にいとまがありません。母親の苦労を聴いてやることはもちろんのこと、母親が自信を失っているときに、親としての自信と自覚を持てるように背中を押してやれるのも父親です。自分たちと赤ちゃんとで新しくできた家族と、自分たちの実家との境界線を明確にし、「援助はしてもらっても、侵入は許さない」という微妙な交渉に立てるのも父親です。あるいは、母親が自分の親に対して「自分は自分でやる」という態度表明をできるよう、後押しや保証をしてやれるのも父親です。さらには、母親と赤ちゃんがうまく距離を取れず煮詰まってしまっているときに、彼らの間に少しゆとりを作ってやるような介入をしてあげることも、父親にはできます。


このような心理的なワークは、外から見るとあまり目立ちません。この時期は赤ちゃんが身体的にできるだけ健康に育っていくことが何よりも重要であり、多くの関係者(ジジババや医療スタッフ)も、そこに主たる関心があるからです。しかし、最大の当事者である父親、母親、赤ちゃんにとっては、父親と母親の人生上の躓きを引きずらずに、自分たちの独自の家族を作っていく上で、最大級の充実したワークとなるでしょう。


母性神話と呼ばれるものがあります。子育ては母親の聖域、というわけです。この考えが母親たちを縛ってきたのは明らかでしょう。しかしそれだけでなく、実は子育てに関心を持つ父親たちの手足をも、縛ってきたのかもしれません。子育てや家庭に無関心な父親は論外として、子育てに関わりたいと思っている父親たちの中にも、「そうはいっても、やっぱり子どものことを一番わかるのはお母さんだから、自分が口出しすべきじゃない」と思って、せいぜい自分ができることは家事手伝いなどの後方支援だと思っている人がいるのではないでしょうか。


実は父親にこそ、子育てそのものに貢献できることがあるとしたら。それが、将来的に楽しみの尽きない家庭生活につながっていくことだとしたら。父親が主体となる子育て支援には、それくらいのポテンシャルが秘められているのではないかと思います。


最新記事

すべて表示
bottom of page